夕暮れの城南島海浜公園 [散歩]
海が見たくて、お気に入りの城南島海浜公園に行った。
自宅から環七を南下、車で30~40分。東京湾に面し、目の前が羽田空港。
1分おきに、ひっきりなしにジェット機が目の前を覆いかぶさるように、轟音を立てて離陸する。
ここに来ると、あの飛行機に乗って、どこか遠くへ旅に出たくなる。
多摩川夕景【狛江】 [散歩]
世田谷狛江のホームセンター・ユニディーで買い物の帰り、
近くを流れる多摩川に立ち寄ってみた。
陽が西に傾き、多摩川の川面はキラキラと黄金色に輝いていた。
川辺の草むらで、川遊びの男の子達の頭が見え隠れしている。
しばらくして、魚採りの網やビニール袋を手に、勢いよく土手に上がって来た。
かざしたビニール袋が夕陽を受けてキラリ。
自分の幼かった頃の多摩川の記憶と一瞬かさなった。
雨上がりの駒沢公園 [散歩]
雨上がりの駒沢オリンピック公園に散歩に出かけた。広大な公園をカメラ片手に散策。
ちょっと疲れたのでベンチに座り一休み。ベンチでヨガの呼吸法をしてみた。
雨上がりの爽やかな空気、小鳥のさえずりに包まれて、体中の細胞が生き返るよう。
ちょっとやみつきになりそうだ!
根岸の里【鍵屋】-2 [散歩]
根岸【鍵屋】。根岸の住宅街にひっそりと佇み、江戸の居酒屋風情を、平成の今に伝える店【鍵屋】。
安政3年に酒問屋として創業し、以来約150年続いている。
居酒屋の大真打ちと言ってもオーバーではない。
大正元年築の建物の暖簾をくぐると、古き昔にタイムスリップする。
開店5時、羽二重団子で一緒だった、背のスラリとした美しき母と娘の二人連れが店前で開店を待っていた。
鍵屋は女性のみの入店はお断りのルールがある。
「羽二重団子でたしか‥。」「すいません、連れということで一緒に入ってくれません?」
店の女将さんの粋な計らいで、一緒に並んでカウンターに通された。
上野桜木~根岸の里-1 [散歩]
奈良興福寺創建1300年記念【阿修羅展】を見に、上野東京国立博物館へ。
大勢の人々が押しかけて、入場40分待ち。
国宝八部衆像(阿修羅像)・国宝十大弟子像などの仏像が、幻想的にライトアップされて、
天平文化の珠玉の仏像美を堪能出来た。
阿修羅像は噂にたがわず圧巻で、息を呑む美しさだった。
博物館を出て根岸に向かう。
根岸は江戸神輿同好会【元三睦】のメンバーの本拠地。
毎年5月に根岸元三島神社の例祭が行われ、メンバー達と神輿を担ぐ。
根岸の里は江戸時代から、上野山を背景にした田園風景と清流音無川の流れる静寂の地。
【根岸の里の侘び住まい】といわれ多くの文人墨客が好んで住んだ。
そんな昔の面影をわずかに残す、粋な町【根岸】を紹介。
◎根岸の祭り http://www.lands-jp.com/matsuri/index.html
上野桜木おでんの店【おせん】。上野寛永寺うらの言問通り沿いにある有名なおでんや。
名物おかみが居て、通称「おせんさん」。日本酒は昭和23年開店以来【初孫】のみ。ビールが数種。
御つまみに至っては、おでんの他には駄菓子のみ。おかみさんのやる気次第で不定休。今日は休みだった。
コマQ(駒沢給水塔) [散歩]
王冠を被せた様な不思議な建物が、家の近く世田谷弦巻にある。
それは閑静な住宅街に唐突に現れる。その建物は駒沢給水塔。通称コマQ。
今から85年前の大正13年に建設された。
当時渋谷区は東京府豊玉郡渋谷町と呼ばれていた。
人口増加にともない、多摩川の水を水道水として、
渋谷町に給水するために作られた施設なのだ。
今では役目を終えて、東京都水道局により保存されている。
◆駒沢給水塔風景資産保存会 http://setagaya.kir.jp/koma-q/index.php
九段~神田(玉川堂・居酒屋みますや)-3 [散歩]
神田界隈は勤めていた頃、お得意先があり、
よく通ったものだった。久しぶりでなつかしい。
神田は銀座ほど高級ではなく、浅草ほど気さくではないが、ほど良い凛とした江戸の粋さが残っている。
神田藪蕎麦、神田松屋、神保町兵六、神田司町みますや。仕事帰りに時々立ち寄った。
そう言えば、母親はたしか神田錦町生まれ、司町みますやに近い町会だ。
今日はゆっくり、母親が生まれた町、神田界隈を楽しむことにするか。
神保町【玉川堂(ぎょくせんどう)】へ。
玉川堂は文政元年(1818年)、今から約200年前に創業の、筆・墨・硯・紙の老舗。
書道用のありとあらゆる筆や紙が揃っている。鹿の毛の硬めの小筆を買った。